社長ブログ:クマデ総研

岡本太郎生誕100年

今年は岡本太郎生誕100年の年だそうなので、様々な関連書籍やイベント、展覧会が行われている。
NHKの「太郎の塔」も見たが、なかなかおもしろかった。
僕は何を隠そう、岡本太郎の大ファンなのである。尊敬している。著書や関連書籍も十数冊以上ある。太陽の塔にも大坂に2度会いに行っている。「明日の神話」の再生プロジェクトにも支援金を寄付した。川崎の岡本太郎美術館も5,6回行っているし、亡くなったときにも草月開館で行われたお別れの会に行ってきて、今は亡き岡本敏子さんにもご挨拶してきた。サイン本も持っている。高校生の時に、新宿の小田急百貨店で岡本太郎展が行われて見に行ったのだが、その日はサイン会で、書籍を買った人にサインをしてくれるというのだった。僕はお金がなかったので、一番安い文庫サイズの本を買って、長い列に並んでサインをもらったのだった。「挑む」という彼の半生を綴った小さな本だったが、裏表紙にマジックで小さくサインしてくれた。太郎先生は思ったよりも背が低くて、終始ニコリともせずに、ぎょろぎょろと目を見開いて黙々といくつものサインをしていた。きっと太郎さんのことだから「こんな事をして何になる。サインをもらって権威にこびへつらって喜んでいるんじゃあない!」などと胸の中で思っていたのではないだろうか。
なぜこんなに魅力を感じるのか。正直、彼の絵画はちっとも好きではない。良いとも思ったことはない。しかし彫刻、特に太陽の塔には本能的に深い愛情のような熱烈な何かを感じるのだ。万博の時は僕は小学生の低学年だった。その頃も太陽の塔を気に入って毎日毎日絵に描いて遊んだり、塩ビの太陽の塔の人形を風呂に浮かべて一人遊びをしていたっけなあ。
やはり彼の生き様に魅力を感じるのだろう。週刊プレイボーイに「にらめっこ問答」という、読者の悩み相談の連載記事があった。若造のしょうもない悩みに、真剣に答えているのだが、スケールのでかい視点や思想で、いつも胸のすく思いがした。そして人間なんかちっぽけで現代人は卑しい行き方をしている、と突き放しながらも、彼の発言や論文からは人間に対する深い愛情を感じる。
なんだかいつも真剣で挑んでいる。太陽の塔はまさに太郎さんそのもの、彼を象徴しているようだ。彼から元気をもらえるようにと、仕事場と自宅のパソコンの横には太陽の塔のフィギアをおいてある。

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