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「コスパ」よりも「癒やし」を売る時代へ。
—トリートノミクスから読み解く、これからの「選ばれる理由」の作り方

最近、SNSを眺めていると「自分へのご褒美」という言葉を、以前よりもずっと重みのある文脈で見かけるようになった気がします。昨日のニュースでも、物価高の中でも、安い商品が売れている一方で、ちょっとお高いプレミア商品も売れていると報じていました。

かつてのご褒美といえば、大きなプロジェクトを終えた後の海外旅行や、ボーナスで買う高級時計といった「非日常のビッグイベント」を指すことが多かったように思います。でも、今の時代の空気感は少し違います。仕事帰りにコンビニで買う少し高いアイスだったり、週末にだけ使う特別な香りのバスソルトだったり。そんな「ささやかだけれど、確実に自分を甘やかしてくれるもの」に、人々の財布と心が動いているようです。

この、自分への報酬(Treat)を中心に経済が回る現象を、Treatonomics(トリートノミクス)」と言われています。

ただの流行語だと思って侮ってはいけません。ここには、僕たちがこれからビジネスやマーケティングを考えていく上で、決して無視できない「消費者の切実なマインドの変化」が隠されていると思います。

なぜ今、「トリートノミクス」が必要とされているのか

まず背景として考えなければならないのは、僕たちが生きているこの社会の「閉塞感」と「疲弊感」ですよね。

SNSを開けば、誰かのキラキラした成功や、逆に目を背けたくなるような論争が嫌でも目に入ってきます。効率化を求められ、常に何かに追われている現代人にとって、将来のために今のすべてを犠牲にする「貯蓄型の努力」だけでは、心が持たなくなっているのかもしれません。

かつての高度経済成長期のように「頑張れば明日が必ず良くなる」と手放しで信じられた時代なら、大きな目標のために今は我慢する、という選択もできたでしょう。でも、不確実性が高く、明日のことさえ予測しにくい今の時代において、僕たちは「今、この瞬間の機嫌を自分で取る」という生存戦略を選び始めたわけです。

これが、トリートノミクスが台頭してきた根本的な理由だと僕は感じています。大きな幸せを一発狙うのではなく、小さな幸せを積み重ねることで、なんとか自分を維持していく。そんな健気で、かつ切実な消費動向なんですよね。

「コスパ」ではなく「情緒的な免罪符」を売る

では、このトリートノミクスの波の中で、マーケティングはどう変わっていくべきなのでしょうか。

これまでのマーケティングは、どちらかというと「課題解決」に重きを置いてきました。「これが不便ですよね? だからこの商品で解決しましょう」というロジックです。もちろん、それは今でも重要ですが、これからはそれ以上に「感情の肯定」がキーワードになってくると僕は確信しています。

消費者が求めているのは、単なる便利な道具ではありません。それを手に取ることで、「今日一日頑張った自分を許せる感覚」や「明日もまた頑張ろうと思える活力」なんです。

例えば、ある飲料メーカーが「疲労回復に効くドリンク」を売るとします。
これまでの訴求なら「タウリン配合で疲れが取れる」という機能性の説明が中心でした。しかし、トリートノミクスの文脈では、「一日中、他人のために頭を下げ続けたあなたを、元の自分に戻してくれる一杯」というような、情緒的なアプローチが刺さるようになります。

つまり、商品を売るのではなく、「自分を甘やかしていいですよ」という免罪符を提供すること。この視点の転換ができるかどうかが、これからのブランドの明暗を分けるのではないかなと思います。

一つの例として、サントリーから「nope」という新しい炭酸飲料が発売されましたが、そのキャッチフレーズが「罪と背徳のギルティー炭酸」です。CMでは「欲望に負けちゃう位が人間らしいんじゃないの。我慢ばっかりしてちゃ、逆に体に悪いっしょ!」と宣っている。「たまにはいいんじゃない」という気持ちは多くの人が共感する直球の言葉だと感じます。

僕の実体験から感じた「贅沢の定義」の変化

以前の僕は、ビジネスで成果を出すことこそが最大の報酬だと思っていました。高級な会食や、高額な文房具を購入することが「ご褒美」だと思っていた時期もあります。

でも、ある時、猛烈に忙しいプロジェクトの合間に、ふと立ち寄った小さな喫茶店で飲んだ、一杯1,000円の丁寧に淹れられた珈琲に、感動したことがあったんです。

一杯で1,000円は、決して安くはありません。でも、その静かな空間と、豆の香りと、店主のこだわり。それらすべてが、ささくれ立っていた僕の心を一瞬で整えてくれました。「ああ、僕が本当に欲しかったのは、10万円の時計じゃなくて、この30分間の心の平穏だったんだな」と気づかされたんです。

この体験は、僕の仕事のスタイルにも大きな影響を与えました。
「クライアントに大きな成果をもたらす」という大義名分はもちろん大事ですが、同時に「僕と接することで、相手の心が少しでも軽くなるような、そんな体験を提供できているか?」と自問自答するようになったんです。デザイナーはサービス業でもありますからね。

大きな成功だけでなく、小さな癒やし(Treat)を。この両輪が揃って初めて、現代のビジネスは健全に回り始めるのではないか、と僕は考えています。

トリートノミクスをビジネスにどう生かすか

それでは、具体的にどう自分のビジネスに落とし込んでいけばいいのか。
ポイントは3つあると思っています。

  1. 「少量の特別感」を設計する:大容量でコスパが良いことよりも、少量でいいから圧倒的に質が高い、あるいは体験としての密度が濃いものを商品ラインナップに加えること。消費者は「たくさん欲しい」のではなく「大切に扱われたい」と思っているからです。
  2. 「ストーリーというスパイス」を添える:ただのモノではなく、なぜそれが「ご褒美」にふさわしいのかという物語を言語化すること。自分へのご褒美には「理由」が必要です。その理由を、ブランド側が丁寧に用意してあげる。これが誠実なマーケティングの第一歩ですよね。
  3. 「儀式化」を提案する:単に消費するだけでなく、それをどう楽しむかという「作法」を伝えること。例えば「お風呂上がりに、スマホを置いて、この香りに包まれてください」という具体的なシーンの提案です。この「自分を大切にする時間」そのものが、最強の商品になります。そして、これらを購買者にイメージさせるために、デザインの力が必要となります。
図:トリートノミクス

誠実さが最大の武器になる時代

「ご褒美需要を狙う」というと、ともすれば「消費者の弱みにつけ込む」ような印象を持つ方もいるかもしれません。でも、僕はそうは思いません。むしろ、逆なんです。

トリートノミクスの時代だからこそ、提供者側の「一貫性」と「誠実さ」がこれまで以上に問われることになります。なぜなら、自分を癒やそうとしている瞬間に、嘘っぽいものや、金儲け主義が透けて見えるものに出会ってしまうと、消費者は一気に興ざめし、深く傷ついてしまうからです。

僕たちが提供すべきなのは、付け焼き刃のトレンドではなく、「本当に心から良いと信じられるもの」であるべきです。自分自身が救われた体験や、心から誰かに届けたいと思った熱量。それがベースにあって初めて、相手の「Treat(ご褒美)」になり得る。

テクニックに走る前に、まずは自分自身が何に癒やされ、何に価値を感じているのか。そこを掘り下げることが、結果として誰かの心に深く刺さるコンテンツやサービスを生む近道になるのではないでしょうか。だからこそ、ターゲットに関して深い理解がないといけないんだと思います。

トリートノミクスは、単なる一過性のブームではないと思っています。
それは、過酷な現代社会を生き抜こうとする、僕たちの本能的な「自己防衛」の現れでもあります。

マーケティングの役割は、単にモノを売ることではなく、人々の人生をほんの少しだけ豊かに、そして彩りあるものにすること。そのために、「自分を甘やかす時間」を肯定し、最高の一時を提供すること。

もし、自分のビジネスや発信に行き詰まりを感じているなら、一度立ち止まって考えてみてください。
「自分の商品やサービスは、誰かにとっての『最高のご褒美』になれているだろうか?」と。

派手な広告を打つよりも、まずは目の前の一人を心から喜ばせる「小さな特別」をデザインすること。そんな誠実な積み重ねが、結局のところ、最も遠くまで響くマーケティングになるのだと僕は信じています。

今日は仕事が終わったら、あなた自身も何か「小さなご褒美」を自分に贈ってあげてください。まずは自分の機嫌を取ることから、新しいアイデアは生まれてくるものですから。
僕も、今日は帰りに少しだけ高級なチョコレートを買って帰ろうと思います。僕が大好きなロッテのガーナチョコレートはちょっと前まで88円だったのに、今は200円!これはご褒美と言って良いのか、微妙ですねえ…。

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経営
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熊谷淳一

熊谷淳一

株式会社ノイエ 代表取締役。デザインで経営を伸ばす経営コンサルタント・クリエイティブディレクター。デザインは第5の経営資源としてデザイン経営とマーケティングの研究にいそしむ。 お酒、書と陶芸が好き。 尊敬する人は岡本太郎。
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